2020年7月24日金曜日

映画感想文 「MOTHER」大森立嗣


 まず印象をまずひと言で表すならば、手でつかめるほどのリアリティである。すみずみまで嘘がない。なぜなら、私はこういう親子を知っているし、この事件もリアルタイムで知ってひどく心を痛めていたからだ。ここに描かれていることは全部、社会の、親子の、男女の、貧困の現実でしかない。
 そのテーマとストーリーのリアリティを増強させているのが場面設定と俳優陣だ。長澤まさみはとにかく適役だった。彼女をこれまでいいと思って意識したことは一度もなかったが、今回の演技をみて私は脱帽した。ほかの誰でもこのリアリティは出ないと思った。利害や相手によって般若にも天使にもみえる凄みのある美貌、男にワンチャンを期待させる締まりすぎていない女らしいスタイル、媚びて甘えた猫のような鼻音と罵声を飛ばす時の虎のような低音、息子に対する時以外笑っていない目元。とにかく不満がなかった。息子役の美少年二人もほんとにうまい。5年の歳月がちゃんと繋がるくらい似ている雰囲気を保っていて、その時々の心の揺れも表現できていた。ふつうは子役はうまいとあざとくなりすぎたり必要以上の存在感がどの場面でも強すぎたりするものだが、今回はそれもない。妹役のかわいいが目立ちすぎない存在感もパーフェクトだった。阿部サダヲは普段アクが強すぎるし顔も好みではないのだが、今回はそれをちょうどよく生かして、男と女の結びつきの儚さと深さを見せつけてくれたし、数年経って変化した顔にちゃんと苦労の跡が出ていて、さすがだと思った。夏帆もよかった。「砂の女」の時の岸田今日子にそっくりで、過去に闇を抱えていたという役どころがこれまたリアルに出ていた。木野花も飛躍を遂げていた。ホームドラマにしか向かないのだろうと思っていたが、実年齢よりもはるかに高齢の、そういう家に住んでいそうなそういうタイプの母親のリアルを描き出していた。その他の役も含めてキャストに不満がない。これはなかなかできそうでできない奇跡だろう。
 と、あまりにも気に入ったのでキャストとリアリティの話ばかりしてしまったが、そこに不自然が入り込まないということは邦画(シネマ)にとって本当に大事なことだ。洋画ことにムービーにおいては「ありえないこと」「信じられないこと」「見たこともないこと」というのがエンターテイメント性を守る最大の魅力だと思うが、邦画にそんなものを求めて観ることは(少なくとも私には)ない。部屋の散らかり方ひとつ、服装髪型ひとつ、食べ物ひとつ、町の佇まいひとつ…そういうどれをとっても、日本の現代の話である限り違和感が入り込んだ時点で感情移入ができなくなってしまうのだ。もちろん登場人物たちは自分とは、育ちが違う。生き様が違う。けれど、こういう人たちが確実にいる。こういう心理が確実にある。そのことを映画を通してもう一度納得したいのだ。このように生きてしまった人たちに、この最悪の結果のほかになぜ最後の選択肢がなかったのか、それは悔やまれるが、それ以外のことは私だっていつ同じになるかわからない。人の境遇は個人の心がけだけで保証されるものではないからだ。また、過去のある地点でどこかひとつだけ歯車が違っていたら誰もがこうなりうるからだ。人の危うさは、途中からの教育や援助でたやすく克服できるものではない。この映画の現実味がそういうことを語ってくれる。
 「共依存」は身近なところにある。親子関係とも限らない。そもそも人は何かに「依存」することでようやく立っている弱い生き物なのだから。でも、人はやがて一人で立たねばなるまい。たとえば貧困などの格差による不遇を作っているのは社会であるが、その不遇の海に浮き輪を投げている運動も必ずある。亜矢さんたちのような手はいくつも差し伸べられている。しかし、その浮き輪が見えない、信じられない、掴めない、というのが真の弱者の現実なのだろう。この映画は、そんな弱者の根本的な問題をも照らし出している。
 後半にいくにつれて、私は胸ぐらを掴まれたような気持ちのまま座っていた。事件を起こさないにしてもこんな気持ちの子どもたちはきっと山ほどいる。こんな愛に渇いたシングルマザーは山ほどいる。エンドロールの頃には幾千の母子の叫びが重なるようで、私は切なさでいっぱいだった。この切なさが心地よくもあり、いい映画だと思った。
 劇場が明るくなると、前の席から「なんかつまんなかった。だるくていつ終わるんだって思ってた。」という若い女性の声がした。「ああ、なんか単調だったね。長澤まさみもね、あんまかわいくなかった。」と、もう一人が返した。映画や演劇のようなこんなわかりやすいかたちでさえ、世の中の現実を発信してその意味を考えさせることは困難なのだと知ったことはショックだった。



つかこうへい「熱海殺人事件~売春捜査官」 9PROJECT

  この作品を実は二十数年ぶりに観た。以前観たときは、まだ演劇を観なれていなかったせいもあり、「なんじゃこりゃ!」という感想だけをもった。観たのは北区だったが、どこの劇団だったかも記憶にない。スピード感には感心した覚えがあるのだが、わけがわからないまま2時間が過ぎ、それが肉にも血...