恋なんて夢よりも儚いってわかってはいたけれど、私を置いて逝ってしまったTAKAのことばっかり思って悩みながら夜を明かし暮らして十カ月。気づいたら四月も中旬にさしかかってて、庭の葉がわさわさ茂って木の下のあたりが暗くなっている。フェンスにからむ草も青々としてきてきれいだけど、誰の目にも入らないんだなぁなんて、しみじみ見てたら人の気配がした。誰だろう と思ってみると、TAKAの使いをしてたボーイだった。
ほんとに毎日ぼーっと悲しんで暮らしてた私は、懐かしくなって、「どうして長い間来なかったのよ。TAKAの思い出と一緒にボーイ君のことも思ってたのに。」と言うと、ボーイは「用もないのにいづみさんのとこに来るなんて馴れ馴れしくて悪いかなって遠慮してました。ちょっと前は合宿いったりもしてましたし。TAKAさんがお亡くなりになってからは仕事もないし一人ぼっちだったんで、最近はTAKAさんの身代わりに弟君のアツミチさんにお仕えしています。」と答えた。「それはよかったわね。でも、そのアツミチさんってやたら上品で気取ってるんでしょ。TAKAみたいに気さくじゃないってきいてるよ。」
私がそう言うとボーイは、「上品な方なのはほんとですが、僕にはフレンドリーですよ。今日も、『今でもいづみさんの家に行ったりしてるのか』と訊かれたので、勢いで『はい』とお答えしたところ、『じゃあ、これを持って行ってプレゼントして、コメントをもらってこい』とおっしゃいました。」と言いいながら、橘の花を取り出した。
「あっ…」と私は思わず昔の歌が口をついで出た。
あのひとのシャツの袖から香ってたコロンだポーチュガル4711
「では僕は帰りますが、アツミチさんになんてお返事しましょうか。」とボーイは言うが、初めてのアツミチさんに伝言で返事するのも失礼な感じはする。手紙を渡してちょっと誤解されるのも心配だけど、〈まあ、いいわ。アツミチさんてすごく生真面目だっていう噂だから、歌くらいさしあげたってチャラいって思われないわよね〉と思って、
シトラスの残り香よりも似てるかもしれない声の君が気になる
と書いて渡した。
そのころ、アツミチのほうは、テラスで待っていたみたいで、ボーイがこっそり物陰から合図したのを見つけて、「どうだった」と聞いてきた。ボーイがいづみのお返事をさし出すと、アツミチはすぐに読んですぐに返事を書いた。
同じ木のホトトギスだよ兄さんの代わりにきっとなれる僕だよ
そう書いて、ボーイに渡す時にアツミチは「誰にも言うなよ。遊び人みたいに思われるからな。」と念を押して、部屋に戻っていった。
一方、いづみのほうは、ボーイが持ってきたこの手紙を見て〈キャー、ステキ!〉とときめいたものの、〈手紙がくるたびに返事を出すのも待ってたみたいでカッコ悪いかしら〉と思って、返事は出さなかった。
アツミチの方は、まだワンチャンあるか確かめようと思ってまた手紙を書いた。
告らなきゃよかったバカだ自分から首を絞めてる恋が苦しい
いづみは、もともとちょっと軽い女だった上に、寂しくてどうしようもない毎日を送っていたので、アツミチのこの歌に心が動いた。だからちょっと彼を試すような歌を返してみることにした。
まだまだねまだ一日の嘆きでしょその百倍も辛い私よ
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