2020年6月6日土曜日

エッセイ 死者とホタル

近頃、ホタルを見ない。と、言っても、以前だってそうたくさんお目にかかっていたわけでもないのだが。そうとはいえ、やはり、この減りかたは尋常ではない。そんな風に思っていたところ、田舎の知人からホタルの秘密をきいた。

「ホタルはもうそろそろ絶滅するのだよ。」

生物学者でもないその人は、まことしやかにそう言った。なんですって? 根拠があるの?

「ホタルは小さな人魂なんだ。戦争で亡くなった人の魂があの虫の中に宿って帰ってくる。お盆の頃なら注目度が高いから、地域のお盆に合わせてやってくる。親兄弟や妻や子に会いに来るんだね。だから、大戦の後しばらくはホタルがそこここにわんさか出てきた。でも、年々会うべき親兄弟も減ってゆく。」

なるほど、そして近年はこの世に戻ってきても会う妻子や親戚はいない。それだけ歳月が経ってしまったのね。戦争の犠牲者たちを直に知っている人は確かにもう残り少ないのかもしれない。そしてホタルは絶滅する。

母の長兄は特攻隊で十代の命を散らしたと聞いたことがある。ロシア人クウォーターだったその伯父はどんな気持ちで日の丸を背負っていたのだろうか。その気持ちを少なからず知っていたと思われる母も、もうこの世にはいない。

幼い日に私が家の前で見たホタルは、母に会いに来ていたその伯父だったのかもしれない。

ミシェルトゥルニエのいうフォースではないが、明らかにそこらじゅうに(死者の)魂は生きていて、必要に応じて対象の前に現れるのだろうなと思うのだ。 


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