演劇というものに携わってきた者として、戦争というテーマの扱いには一方ならず注目する。「ガラスのうさぎ」や「ひめゆり」や「太鼓」のように直球で悲劇を訴えかけてくるものは無条件でグッとくるし、失くしてはいけない描き方だとは思う。しかし、それが好きかと言われるとNOで、観劇後の重たい気持ちは一度観たらもうたくさんという思いになるのだ。演劇として、二度と観たくないと思わせる作品はどうなのだろう。少なくとも商業演劇としてはそれは好ましくない。だから劇団四季が放つ「異国の丘」も、今井雅之の「winds of god」も、何度でも観たいエンターテイメント性を重視して作られている。しかし回を重ねるごとに、観客の心の中でテーマは熟成され、反戦への確かな思いとして固まってゆくのだ。この「青空の休暇」もそういう意味では成功している後者の部類に入るといえよう。
最初のシーンはハワイ行きの旅客機の中というセミオープンな場で、3人のメインキャストと我々観客との距離感をほどよく繋いでくれる。3人の老紳士の事情に、同じキャビンにいるような気持ちで聞き耳を立ててしまうのだ。彼らが50年ぶりにハワイを訪れようとしている戦友であること以外の情報を、一時も早く知りたいという思いにさせられるからだ。そして、その期待通り、我々観客はハワイに降り立った彼らにどこまでも同行することを許される。JALのアナウンスも空港のざわめきも臨場感に満ちていて、そこに遅れてやってくるガイドのケイトの日系三世ぶりもリアルそのものだ。
巨大な椰子の木のセットが左右に動き、目盛りを振りきらんばかりの全照が注ぐと、その熱量はまさに常夏の空気感を漂わせた。総勢で繰り広げられるハワイアンミュージックとフラの踊りがいやがうえにも盛り上がり、ここが劇場であることを忘れさせそうだ。ミュージカルという表現にしたことが素材とマッチしている証拠だろう。演奏は舞台上手での生演奏であり、それがまたリアリティを強めている。
いかにも熱烈な歓迎を受けた主人公たちだが、長閑に休暇を過ごそうという様子ではない。彼らがどうしても見たかったものは、50年前に自分たち3人がチームとして戦闘機に乗り込み攻撃した真珠湾なのであった。真珠湾には戦争の記念館が建っており、彼らはそこで当時の攻撃の標的だった人物リチャードと出会う。そんな現実に行き当ったらとても平常心ではいられまいと思うが、彼らは戸惑いを乗り越えて心を通わせる。そこに至るまでの葛藤の描写はやや薄いかと感じたが、記念館のスクリーンに映し出される少年兵や空母の映像が、両国間に起こった悲劇の深さと人間の尊厳について考えさせ、重みを加えている。現代演劇でスクリーンに映像が映されることは珍しくもなくなった昨今だが、この記念館のホールで行われている講演に伴うスライドとしての表現は、実に効果的であった。舞台中央のスクリーンを指して解説するリチャードの巧みな英語を聞きながら、我々が記念館の見学者そのものになった錯覚が起ったのである。
物語中盤では、「転」にあたる展開が起きる。日系の牧場主が3人にどうしても何かを見せたいというのだ。それが何かを言ってしまうといわゆるネタバレになってしまうので避けるが、その何かに向かうまでの流れがなかなか憎い。まず、牧場に続く夜の田舎道は、舞台中央に設置された車の座席とハンドルだけで表現されるのだが、乗り込むドアの音、エンジンをかける音、カーステレオの雑音、対向車のすれ違うヘッドライトの灯り、そういった細かいものを音響と照明の効果で補うことで見事な出来に仕上がっていた。牧場についてから彼らが歩く道のりも、木のセットを動かすことで十分な距離感を作り出し、いよいよ近づこうとしている物への期待を盛り上げてくれた。
3人は離ればなれになってからの半世紀、それぞれ懸命に生きつつも、淋しさと悔いを心に抱えていたらしい。それぞれの半生のドラマと心の闇の深さを描けていたかといえば難しいが、その充分な時間がないという2時間舞台の欠点を補ったのが歌であった。「♪生れて来たのはなぜさ、教えて僕らは誰さ」(帰らざる日のために)といった歌詞を叫ぶように歌う3人の苦悩を湛えた表情は、描ききれない部分を支えていた。イッツフォーリーズは、作曲家いずみたくが設立した和製ミュージカル劇団であるから、歌の挿入のタイミングと選曲は抜群である。昭和歌謡特有の旋律と実直な歌詞は、台詞以上にドラマティカルで、過去を描くということに適している。つくづくこの作品は、ダンスと歌を魅せるためではなく、まさに演劇を更に饒舌にするためのミュージカルなのだなぁと感服した。
この作品で描かれていたものは、「今を生きる」ということだ。過去の過ちも悔いも乗り越えて今に向き合うこと、それが青春だというのだろう。それが「青空」。彼らがラストシーンで飛び立つ先は、いま取り戻す青春の大空なのだ
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